これほどまでに見事な月を、今生で何度見ることができるのだろう。
そう考えると急に飲みたくなって、帰り道、安い発泡酒を買い帰った。
今時の発泡酒って、アルコール度数高いんですね。
そして、夜中に飲む酒って、どうしてこうもよくまわるんでしょう。
月が〜、でたでぇた〜、月が〜でた〜
あ良い宵。
- 2006/09/07(木) 23:00:00|
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今、私の目の前に広がるのは、澄んだ青空。
宇宙の中にポッカリ浮かんでいることが理屈抜きで実感できそうな、なにもない中空。
ずっとずっと先まで、自分の目をさえぎるものは、なにひとつない。
空(くう)だ。
そこからずうっと視線を下におろすと、そこには木立ち、家並み、たくさんの生命の営み。
無数の営みのなかのたったひとつの営みである自分。
アリの営みを見下ろすように、自分たち人間の営みを見おろせたら、
人一人の個性だとか、自我だとか、きっとなんにも見えなくて、
もっと全体でひとつ、というものに見えるんだろうな。
それでも結局、自分自身を実感できるひとはたったひとり。
この自分だけ。
秋の空、そんな想いにふける盗三であった。
- 2006/09/03(日) 07:40:50|
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「花泥棒に罪はなし」って本当でしょうか?
大事な庭で育てた花を、根こそぎ持っていかれた人は、この言葉を、恨めしく感じることでしょうね。
ロマンチストな私としては、この言葉に、ロマンを感じてしまうのだな。
恋人の家に向かう道すがら、とおりかかった家の生垣に咲くきれいな花。
恋をしているときは、路傍の花の美しさも際立って目に映るものだ。
彼女のよろこぶ姿はすぐ浮かぶが、たんせいこめて花を育てた持ち主の顔はまったく浮かばない。
なぜなら、そこは知らない人の家だからだ。
そこのところ、チャップリンはもっとすごい。
恋人の家に駆け込む途中、恋人の家の庭の花をむしり取って、ドアを開けたと思ったら即、彼女の鼻先に突き出すのである。「黄金狂時代」だったかな?「サニー・サイド」だったか、「街の灯」?あれはすごかった。
どうせやるなら、あそこまで大胆にやりたいものだ。
恋も花泥棒もね。
またまた更新滞ってごめんなさい
- 2006/08/14(月) 22:13:21|
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このごろにわかに、私の前で映画『下妻物語』を絶賛する人が多い(TV放映した?)ので、
『下妻物語』
http://www.shimotsuma-movie.jp/遅ればせながら、DVDで拝見した。
なるほど面白かった。
まだ観てない方がいらしたら、お薦めします。
私は両親の実家がいずれも茨城(岩間と石岡)であるため、茨城の風土や言葉、文化などにはなじみが深いので、観ていてどこか懐かしい、ちょっと恥ずかしいような、そしてほん〜の少しだけ、誇らしいような気持ちにもなった。
茨城弁を聞いて育った者として、樹木希林さんの茨城訛りの語り口は、あまりに自然で、さり気なく、そして、茨城弁を知らない人にも伝わるような、なんとも絶妙なものに思えた。
樹木さんの、役者魂とでもいうべきか、役に対する気合いが、気負いや押し付けがましさとして見えないところが、逆にすごいな〜と感じてしまった。
<だいぶ更新が滞ってしまい、ごめんなさい>
- 2006/07/09(日) 19:27:31|
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知らず知らずのうちに、人から奪ってしまうもの。
そのひとつが、「時間」だ。
人から奪っても、自分の手元に残るものではない。
そして、奪ってしまった時間は、ニ度ととりかえしがつかない。
しかしながら、いともたやすく、ときには奪っていることすら気付かずに、人は、誰かの時間を奪う。
時間泥棒。
彼はそこかしこに、潜んでいる。あなたのなかにも。
ご用心。
- 2006/06/09(金) 17:23:22|
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